「仕事と育児の両立の大変さ」は、子どもを持つまでは、なかなか気付きにくいことです。実際に育児のつらさを直面したとき、会社の中で解決できたら「職場が育児の解決の場になる」という、発想の転換はできないでしょうか。
コニカミノルタには、子育てに関わる社員が集うコミュニティ「パパママエール!」があります。仕事と育児の両立に不安を抱える社員に対し、同じ悩みを持つ社員同士の交流を促したりする社内コミュニティです。この企画者は、 AIセンシング開発部(旧ビジネスイノベーションセンタージャパン(BICJapan))で普段は新規事業開発を担う大原徳子さんです。産前産後ギャップの解消に向けた京都大学との共同研究など、社内外でさまざまな活動を行ってきました。
本業では全く別分野の新規事業開発を担当しているのになぜ、育児業界の革新に向けてさまざまなチャレンジをしてこられたのでしょうか。その挑戦の軌跡を辿りつつ、行動力の源泉に迫ります。
大原徳子さん
工学部卒業後、94年コニカミノルタ新卒入社。有機化学エンジニアや市場調査などの業務を経て、現在は AIセンシング開発部で新規事業開発を担当。プライベートでは2人の子どもの母親。育休を活用して保育士資格を取得。自ら経験した「ワンオペ育児」の苦しみを撲滅するべく、育児業界の変革に向けて多岐にわたる活動を行っている。
ワンオペ育児の過酷さを和らげた「拡大家族」との生活
──大原さんは2児の子育てを経験したそうですね。仕事との両立は大変だったのではないでしょうか。
そうですね。ものすごく過酷な修行のような日々でした。 苦しさの原因は「ワンオペ育児」にありました。当時の私は、子どもと一対一で長い時間を過ごさなくてはならない状況で、そこから何としても抜け出したかったんです。それに子どもには、たくさんの友達の中で人間関係を学んでほしいと思っていたので、一時期は保育園で知り合った人たちと一緒に“拡大家族”をやっていました。
──“拡大家族”とは、具体的に何をするのでしょうか?
保育園が終わると複数の親子を私の家に呼んで、子どもたちを遊ばせながら親同士でお茶をします。しかも、ただお茶をして解散するのではなく、子どもたちのお世話まで私の家でやってしまうんです。
子どもたちみんなで食事をして、一気にお風呂に入れて、あとは寝るだけの状態にしてからバイバイしていました。食事のときは一対一だとなかなか食べてくれないのに、お友達が一緒だとなぜか食が進むことがあるんですね。お風呂に入れるときも、子どもたち同士で遊んでくれるので楽なんです。「子どもたちが集まるとあらゆる育児が楽になる」というのは大発見でしたし、育児は一人ではなくチームでするものなのだと実感しました。 何より嬉しかったのは、親同士で育児の辛さを共有できたことです。「みんな一緒だね」と思えるだけで、私はものすごく救われました。多少子どもの世話が増えたとしても、十分お釣りが返ってくる時間でしたね。
産前産後ギャップの解消を目指し、京大との共同研究へ
──大原さんは京都大学との共同研究を通じて、子育て世帯向けに情報サイト「Parenting」*1を2021年に開設しました。このプロジェクトはどのような経緯で始まったのですか?
私自身がワンオペ育児に走ってしまった原因の一つは、育児の大変さを産前に十分知らなかったことにあると思っています。 もし育児がこんなに大変だと産前にわかっていれば、それに備えた準備ができたはずです。しかし日本では、親が産前に知っておくべき情報のインプットが十分に行われていません。この状況を変えなくてはと思って立ち上げたのが「Parenting」です。
──「Parenting」のプロジェクトは、個人ではなくコニカミノルタの取り組みとして行ったのですよね。どのように進めたのでしょうか。
私は新規事業開発の部署に所属していたので、育児の課題を解決する新規事業として「Parenting」を提案しました。世間のママに「産前に知っておくべきこと」についてアンケートを取り、回答の多かったものに対して専門家に書いてもらった答えをWebサイトに掲載するという内容です。論文を頼りに京都大学の扉を叩いたところ、ワンオペ育児の経験を持つ公衆衛生学の研究者に運よく出会うことができ、プロジェクトが動き出しました。
Webサイトの公開後は、掲載されている記事を読んだ家族と読んでいない家族に約100世帯ずつアンケートをとり、価値検証を行いました。対象者からは「事前に知っておいてよかったです」「パパの育児参加に役立ちました」といった回答が得られて、とても嬉しかったです。
ところが育児業界のビジネスはマネタイズが難しく、収益化を展望できるフェーズに至るまでにはとても苦労しました。粘り強く取り組んだ結果、この6月には、当社の展開している医療機関向けコミュニケーション支援サービス 「MELON」*2内での「Parenting」の掲載が決まりました。サービス利用者の中には産婦人科医の方も多いので、出産を控えた親たちに必要な情報が広く行き渡る機会になればと思っています。
──プロジェクトは着実に前進しているようですね。「パパママエール!」というコミュニティ活動の企画運営もされていると伺いました。こちらはどのような経緯でスタートしたのですか?
きっかけはコロナ禍です。孤独な育児に悩むパパママが増えていた時期に、辛い思いをしている親たちにエールだけでも送りたいと思って、社会全体へのメッセージング活動ができないかとダイバーシティ推進室や広報、人事部などに相談したんです。
そうしたら「いきなり大々的な取り組みをするのはハードルが高いけれど、社内コミュニティ活動なら始めやすいのでは?」とアドバイスをしてくれたので、早速コミュニティを作ってみることにしました。そこで当時の部署の担当役員に相談したところ、協力してくれそうな開発部の社員をすぐに紹介してもらえたので、コアメンバーが固まり早期に活動を始めることができました。
パパママエール!では先輩社員によるゲストトークを中心に、「家事分担」や「男性育休」などの幅広いテーマを扱っています。子育て中の方だけでなく、これから子育てを迎えることに不安を感じている人や男性にも参加してもらえているのはとても嬉しいですね。
育児関連活動も、本業も。「やりたいことは全部できる」
──ここまで話を聞いていると、大原さんがまるでダイバーシティ推進室の所属のように思えてくるのですが、実際はそうではないのですよね?
はい、その通りです(笑)。本業では、インフラメンテナンス領域の事業開発に携わっていて、その第1歩として「SenrigaN」*3という、コンクリート橋の内部鋼材が破断していないかどうかを検査するサービスを開発しています。 橋などのインフラは戦後の高度経済成長期に建てられたものも多く、老朽化が進み、世界的な社会課題となっています。日本でも2012年の笹子トンネルの崩落事故以来、5年に一度の点検が義務付けられていますね。
普通の点検は目視や橋を叩いてその音で確認するという、人の感覚に頼っているんです。老朽化するインフラを正確に、そして効率的にメンテンナンスしたいというニーズが高まっていて、そこで私たちは、橋の内部の鋼材の状態まで検査できる技術を開発することにしました。この技術を利用して鋼材の健全性を知ることで、早い段階で補修の対応ができるので橋自体の寿命を長くできたり、どの橋を通行止めにするか、どの橋を架け替えるかなどの判断がしやすくなったりします。インフラは生活への影響が大きいですからね。安心安全な社会の実現のために頑張っています!
──なるほど。コニカミノルタの「見えないものをみえる化する技術」ですね。でも、これは育児支援とは全く異なる業務ですよね。本業ではない育児関連の活動に、ここまで力を注いでこられたのはなぜでしょうか?
自分自身が育児中に感じていた辛さを、後に続く人たちに感じてほしくないという想いはもちろんあります。でも正直な話、私の根幹にあるのは「苦しかったときの自分を癒したい」という気持ちなんです。 今は子どもが大きくなったので、育児真っ最中の苦しみからは解放されています。しかし、当時の苦しみや怒りが自分の中から完全に消え去ったわけではありません。育児で大変な思いをするかもしれない人たちを支援するのは、そんな自分自身を救うためでもあります。
──そうだったのですね。複数の活動を並行して続けるのは大変だったと思いますが、なぜそれが可能だったのでしょうか。
本気でやりたいと思うことであれば、応援してくれる風土がこの会社にあったからです。
「Parenting」を始められたのは、本業をやりながらも新しいチャレンジを推奨する仕組みがあったからですし、その分ハードになっても継続して社会課題の解決につなげていくという私の想いを、上司が理解してくれたからだと思います。 またパパママエール!を立ち上げたときも、ダイバーシティ推進室や広報、人事部などの方が親身に相談に乗ってくれましたし、役員は適切な社員をすぐに紹介してくれました。私の想いを理解した上で素早く行動に移してくださったのは、本当にありがたかったです。
このように、当社にはさまざまな道を同時に歩むことを応援してくれる環境があります。もし育児関連の活動が一切できない環境だったら、私は当社を去っていたかもしれません。しかしコニカミノルタには柔軟な制度やカルチャーが整っていたので、本業と育児関連の業務の両方に全力を注いでこられたのだと感じています。
「この道を自分で選んだ」という自負が、人生に納得感をもたらす
──複数の活動を続けていて大変なとき、何が大原さんを支えているのでしょうか。
私の原動力は「自分のことは自分で決めている」という自負です。さまざまな活動を並行して進めるのは確かに大変でしたが、私の人生は「この道を自分で選んで歩いてきた」からこそ納得感に溢れています。
──自分で選んだからこそ、たとえハードな環境であっても乗り越えることができたのですね。
きっとどこかで「暗いトンネルの先には明るいものがある」とわかっているから、チャレンジすることができるのでしょう。迷った時には成長できる方を選ぶ。その選択を続けてきた結果が、今の私を作っているのだと思います。
これまでを振り返ってみると、決められたレールの上を歩む人生につながるような選択肢もあったと思います。しかし今の私は間違いなくレールのない道の上を歩いている。それも、自分で選んだ道の上を歩んでいると感じます。
──与えられた役割にとらわれることなく、自分の意思でここまで活動範囲を広げて来たのは素晴らしいと感じます。最後に、大原さんが今後挑戦したいことを教えてください。
育児業界で私がやりたいことは、実はまだ全然実現できていません。本当は業界全体をガラッと変えたいのですが、その目標に達していないことに対する挫折感は常にあります。
でも、だからといって活動をやめるわけではありません。育児業界が変わるためには、行動する人の数が増えることが大切です。私はその一人として、小さくてもいいから自分にできることを地道にやっていきたいですね。自分たちの活動が育児で苦しむ人たちの課題解決に少しでも貢献できたら、こんなに嬉しいことはないなと思います。
─インタビューを終えて─
拡大家族のホストをしたり、自分の経験を少しでもシェアしたいと事業をおこしたり、社員でもコミュニティーをつくったり。やっていることはとても利他的で、エネルギッシュな大原さん。普段の仕事はまったく育児とは関係ないインフラメンテナンス事業ですが、育児関連業務も両立させ、まわりを巻き込みながら前に進んでいく姿はまさにかっこいい女性像でした。 育児業界の変革は、インタビューを聞くだけでも道のりは長そうですが、本気で挑戦したいという社員の想いを後押しする会社の仕組みや文化があるからこそ業界に風穴を開けられているのかもしれません。
Edit:Sayoko Kawai,Text:Mai Ichimoto,Photo:Aya Tonosaki,Design:Naomi kosaka