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大企業のイノベーションは難しい?ビジネス嫌いの起業家が大事にする「抗い続ける力」

近年、多くの企業が「イノベーション」をテーマに掲げています。一言でイノベーションを起こすと言っても、どうやってかたちになっていくのかはなかなかイメージしづらいところ。今回お話を伺うのは、31歳という異例の若さでコニカミノルタの執行役員に就いた森竜太郎さんです。「空飛ぶ車、培養食肉、そこから31歳でコニカミノルタ執行役員?『空気を読まない』森竜太郎の目指す世界」では、森さんが空飛ぶ車や培養肉といったスタートアップを経てなぜコニカミノルタに入社したのか、その理由と今後成し遂げたいことについてお聞きしました。本記事では森さんがどのようにイノベーションを起こそうとしているか、また、今までに経験した挫折とそこから学んだことについても伺います。

一杉俊平さん

森竜太郎さん

イノベーション担当執行役員

1990年生まれ。コニカミノルタの執行役員 兼 イノベーション推進室長。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)国際開発学部を最優秀成績で卒業し、グロースハックに関するノウハウメディアの立ち上げや、Uber Japanの創業期に携わる。その後、空飛ぶ車や培養食肉など複数のスタートアップで事業を推進し、2019年にアノン株式会社を創立。SFプロトタイピングを用いて、様々な企業のイノベーションパートナーとして新規事業開発を協働で手がける。2022年よりコニカミノルタイノベーション担当執行役員に就任。趣味はNFL鑑賞、お笑い鑑賞。Webメディア「オモコロ」と「デイリーポータルZ」を読んでクスリと笑うのが日課。

ゼロイチ続きの人生で辿りついた「イノベーションマネジメント」という仕事

──森さんが現在、コニカミノルタで取り組んでいることを教えてください。

大きく分けて、二つの役割があります。

一つは、会社にイノベーションが起きやすくするための仕組みづくりです。制度面や組織面、アイデアのソーシングの方法など、経営に関わる機能全ての変革を通じてイノベーションを起こしやすくすることを目指しています。
営利企業である限りは、イノベーションとは財務価値を伴う社会的価値だと僕は定義しています。それを起こすためにどのような角度からどのような変化が必要なのかを考え、戦略にして提案と実行をすることが僕の仕事です。

もう一つは、今後の会社の長期的なプラン作成です。この会社が長期で取り組むべきフィールドや産業を考えながら、そこに自社の技術をどう活かせるのか、長期ビジョンをもとに今何を仕込めるのといった実際の事業づくりも並行して走らせています。

──森さんは、過去に複数のスタートアップ企業で事業を推進されてきたのですよね。それらの経験は、今のイノベーションマネジメントという仕事にどう結びつくのでしょうか?

空飛ぶ車や培養食肉などさまざまなベンチャー企業に関わっていく中で新規事業のノウハウを身につけました。その経験を活かして、自分の会社で新規事業のコンサルティングを始めたんです。

スタートアップのようにゼロからの環境しか経験してこなかった僕としては「やり方ぐらいわかるじゃん」と思っていたのですが、実際に大企業で新規事業の立ち上げのお手伝いをしてみると、色々なしがらみや制度、考え方の違いで推進できない理由がいくつもあることに気づきました。

有限な時間を最大限活用するため、平日はプロテインと野菜ジュース、エナジードリンクのみで過ごす

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大企業とスタートアップでは“イノベーションの起こし方”が異なる

──おっしゃる通り、大企業のイノベーションは難しいのではないかと感じる方も多いと思います。実際はどうでしょうか。

大企業で新規事業を作っていくにも色々な枠組みがあるとは思いますが、基本的に単年の損益計算書で考える文化があるので、次世代を担う新規事業をどこまで継続していくかの判断は本当に難しいですよね。

その一方でスタートアップはひたすら赤字を掘って、ある程度の臨界点まで達した時に一気に黒字化に持っていく成長モデルです。投資の額が大きく変わってきますし、大企業とスタートアップではそもそもの財務の考え方が異なるので、そこから見直さないと難しい部分はあると思います。

──森さんは、「ビジネスをしている」という感覚はありますか?

僕、基本的にビジネス嫌いなんですよ(笑)。本当は皆、ベーシックインカムをもらって好きなことをして生きられたらいいのにと思いますし、僕自身もそうしたいです。ビジネスというのは今、この資本主義のルールの中で、社会に対して大きな変化を起こす手段でしかないと思います。たまたま僕の場合は新しいことに挑戦できる環境があるので、今はビジネスというやり方でやっている、という感じです。

唯一お金を使うのが、頻繁にある社員との飲み会。二日酔い対策のためにいつもカバンの中にはあるものが常備されている。

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小5で経験した早すぎる挫折。「ラブアンドピース」を仕事にするため海外へ

──森さんのお話聞いていると無敵感があるのですが、挫折を経験したことはあるのでしょうか。

挫折だらけの人生ですよ(笑)。そもそも僕、幼卒だったんです。

──幼卒、ですか?

はい。幼稚園卒業が日本の最終学歴という。僕、小学校5年生の時に学校をやめていて。もともと勉強も好きだったし、運動もできたし、リーダーシップも発揮するようないわゆる優等性タイプの人間だったんですけど。

学校をやめることについて、親は「いいよ、その代わりに家事をしなさい」と言ってくれました。そのかわりに学校に行かないからには家事という仕事を全うしなさい、と言われて。料理に関しては、NHK『きょうの料理』や『キユーピー3分クッキング』といった料理番組を録画して学んで、繰り返し実践して克服していきました。

学校に行かず、ロックバンドで「ラブアンドピース」を歌っていた(森さん提供)

学校に行かず、ロックバンドで「ラブアンドピース」を歌っていた(森さん提供)

──思いのほか、挫折のタイミングが早かったのですね。中学高校の年齢あたりの時は、何をしていたのですか?

14歳ぐらいから音楽に没頭していました。ロックバンドで歌っていた「ラブアンドピース」を職業にするなら何だろう?と考えたときに、国連か世界銀行だと思ったんです。世界で戦える人材にならないといけないと思い、大検をうけてなんとか自力で奨学金を探して、海外の大学に入学しました。

そこでも、一番最初に大学で受けた授業で挫折があって。通常はABC評価で成績がつけられて、パスできないときは「F」がつくんです。ただ、僕がもらったのは“Ungradable”という……つまり評価したくないです、という先生からのご意見を書かれたんですよね(苦笑)。その時に「あ、終わった」と思いました。

──早過ぎる挫折を経験した上で学んだことや、今に生きていると思うことはありますか。

失敗の数が多過ぎるゆえに、とにかくミニマムエフォートで“Fail Fast” / “Done is better than perfect”を実践しました。

実際、もうダメかもしれないと思うことが何度もありました。でも、そこから這い上がれば楽しいことが待っていると思えた経験もたくさんあって、明石家さんまさんの「生きてるだけで丸儲け」という言葉が心身に染み付くようになりましたね。

自分の弱さや苦しみを味わったことで、他者の弱さや苦しみを想像できるようになりました。それが今取り組んでいるような課題を想像する力にも繋がっているのではないかと思います。

出だしであやうく挫折しかけるも、最優秀成績で大学を卒業(森さん提供)

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イノベーションは「平和と真理の追求」。ビジネス紙よりSFで理解を深める

──話が戻りますが、森さんは、イノベーションは何のためにあると思いますか。

僕の考え方のベースにあるのが、ヘーゲルの弁証法です。対立する命題を統合してより高い次元の命題を導く、その繰り返しでどんどん新しい価値観が生まれていって、今より新しいスクリプトの発見が起きていくと思っています。僕らが解けなかった問題を、次の世代やさらにその次の世代の人たちに新しいテーマとして与えることで、結果として平和や真理の追求にたどり着けばいいなと思います。

──森さんにとってイノベーションは真理追求のツールなのですね。森さんと同じようなフィールドで活躍するために必要なことは何だと思いますか。

社会人として、ひとりの人間として大切にしたほうがいいと思うのは、「バカの壁」「無知の知」を意識することですね。これはどんなビジネスをするにしても、どんな技術を開発するにしても必要だと思います。専門用語では「知的謙遜(intellectual humility)」と言うのですが、自分が誤っているという前提のもとに人の知識を吸収して、新しいものに変えていく力のことです。僕はこの能力を人を見るときにも重視しますし、自分の中でも大切にしています。おそらく、僕が人間として生きている限りは、真理は分からないでしょう。それでも僕は、知的謙遜や弁証法といった概念に則り、イノベーション=変化を起こすことで真理の探究を行っています。

──前回、新しい発想を生むトレーニングのお話がありましたよね。この記事の読者に向けて、日頃からできることのアドバイスはありますか?

一つ言えるとしたら、「SFを読むと面白い」ということでしょうか。純粋にテクノロジーの可能性を探ることもできますし、SFは体制と反体制の戦いといったような社会の縮図に近いものが描かれている面もあったりするので、社会についても理解が深まります。

思考や思想を拡張するパワーの源にもなるので、僕はビジネス紙を毎日読むよりも、SF小説を週に1冊読んで、今まで自分が考えもしなかったSFの先やその中で描かれていない未来を想像することをおすすめします。

──最後に、森さんご自身が今目指していることを教えてください。

僕は今までさまざまな事業に挑戦してきましたが、それらはあくまでステップに過ぎません。「フリクションのない世界をつくることによる世界平和」が僕の実現したいビジョンです。フリクションのない世界にとって重要なのはロボットや有機物、無機物、そして人間をつなぐインターフェースだと考えていて、その技術をコニカミノルタで実現すべく画策しています。

今、コニカミノルタという伝統のある企業で役員という立場につかせてもらっていますが、常に現場に抗い続けたいですし、現状維持という圧力に対しても逆らい続けたいですね。

目的とは異なりますが、宇宙平和や真理という果てしない目的を追求する立場としては、自身のあるべき姿として目指しているところです。たとえゴールの解像度がまだ低くても、足を止めてしまってはゴールに近づくこともゴールを定めることも出来ないので、生きている限りは常に何かに抗うことを大切にしたいと思います。

─インタビューを終えて─
30代前半で執行役員に就任と、一見順風満帆に見える森さんの波乱万丈な人生。早すぎる挫折の中で自分にできる手段を探し、繰り返し実践して克服していく姿勢は、どの企業にも難しいであろう「イノベーションを起こす仕組みづくり」にも共通するのではないかと感じました。森さんのように「こういうパターンが続くと自分はこうなる」という自分の特徴を把握すること、そしてロックバンドで歌っていた「ラブアンドピース」のように自分が昔から大事にしていた思いを仕事に置き換えたら何になるか考えてみることは、今後企業人として働く上での軸を探すヒントになるかもしれません。
イノベーションを起こすために今できることを探している方、所属する企業においてイノベーションマネジメントの必要性を感じている方は、まずは1冊、SF小説を手に取ってみてはいかがでしょうか

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